LOGIN今日も世界は私を中心に回っている、素晴らしい。容姿端麗見目麗しい私の稼ぎのために、ほどほどに荒れた世界がベスト。世界よ、私に尽くしなさいな。
そんな世界は私のことを放っておくはずもなく、また素敵な依頼を見つけてしまうのだった。運命よ、そんなに私のことを愛さなくても良くってよ?
辺境も極まったこれといって見るべきところも無い小国同士の戦争が、誰の関心を惹くこともなく終わろうとしていた。そりゃ大陸の真ん中では大国同士がバチバチ開戦間近ともなれば、戦略的にも戦術的にも価値がないくたびれた小国を気にする者がいないのも当然だ。
しかーし、私は目敏く……いやいや、持ち前の冴えわたる勘によってとある掲示を見つけ出したのだ。さすが私。褒めなくてもできる子。
運び屋の依頼はおおむねどこでも辻通りに掲示されるのだが、それを直接見なくともどういった内容なのかは転写魔法ですぐに手元に届く。魔法バンザイ。大して使えない私でもそのくらいは朝飯昼飯前なのだ。
掲示自体はあちこちでひっきりなしに出るものだから、その中から自分がやりたいと思う依頼を見つけると反転魔力を送り込み各自の家名紋章を刻むと契約成立という仕組み。そしてその仕事は誰も引き受けていなかった。
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そう、辺境オブ辺境まで大して高くもない依頼料のために足を運ぶ者は珍しい。よほどの駆け出しひよっこか、そうでなければ何かやらかして食い詰めた者の仕事。場所が悪い。同じ稼ぎなら大国間を行き来する方が道中楽しいし、食事も美味しい。
引き受け手のないその依頼は丸々二日見向きもされず放置され、なんとも幸運なことに私が見つけ出したというわけだ。ツイてる。最高にツイてるぞ私。
依頼区分としては要人警護。小国同士の互いに損しかない戦争の後始末として、両国領主間で婚姻関係を結ぶことになったらしい。ついこの間まで戦争を続けて互いに小国なりの無視できない損失を積み上げた結果、この婚姻をどう平和裏に執り行うかが問題になる。警護の兵士など付けようものなら、戦争に逆戻りしかねない。そこで「中立な」運び屋の出番というわけだった。
正直な話、人間を運ぶのはひっじょーに面倒くさい。腹も減るし寝もするし、トイレだってする。生きているんだからしょうがない。しかし密書や毒薬の密輸などと比べれば手間が半端ないので、報酬をはずまなければ引き受け手がなかなか現れない。しかし両国とも戦争で散財しまくったあとなのでそんな金はない。それで宙に浮いていたというのが事の顛末。
そんな面倒くさい仕事は私だって受けたくない。だいたい貧乏領主が戦費をばら撒いたあとのはした金なのだから、手間も多いとなればなおさらだ。普通なら。
なぜ引き受けるかといえば、その婚姻に反対する勢力が両国の間にかなりの数いることは明らかだったからだ。そう、争いはいつだって私の財布になるのよん。
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まず花嫁を出す方の国へ行って、見事すぎる赤いロングヘアを大袈裟な笑顔と憂いを帯びた目で篭絡した。やはり人間は超チョロい。
もちろん仕事を引き受けるための荷受けに行ったわけだが、領主の館で「こんなにも健気な婚姻の仕事を引き受ける人がいないなんて、世の中は薄情過ぎます」とチャームポイントの泣きボクロに涙を浮かべて白々しいご挨拶。これにて領主はイチコロ。報酬は少しだけ色が付いた。
その足で家宰に探りを入れてみれば、まあこれが婚姻には大反対。思った通り。だいたい領主の娘を花嫁に迎えて我が世の春を夢見るバカが多いのが貴族という生き物。というわけで首尾よく婚姻をご破算にするという依頼も引き受けてきた。前金がっぽりで。
そこでピーンときた私は、暗殺者ギルドにこの婚姻に絡んだ暗殺依頼が出てやいないかと魔法でささっと調べてみれば、すぐに出てくる暗殺依頼。こっちは花嫁を迎える側の国の反対派が依頼主。もちろん速攻で私の仕事にする。
こうして、花嫁を送り届ける(色付き報酬受領済み)、婚姻をご破算にする(前金がっぽりありがとー)、警護対象の花嫁を暗殺する(成功報酬)と、一つの仕事があっという間に三つの仕事に化けたのだ。私ってば賢い! この才に自分が惚れちゃいそう。
◇◆◇
経緯はそんな感じ。花嫁が向かう先に売りつけるべく婚姻反対派の家宰の裏事情も仕込んでから、さっさと向かった。なにしろ運ぶ「物」自体は手間がかかるし面倒な仕事なのだ。
道中私の美貌を羨んだ花嫁(予定)は盛んに「エルフってみんなそんなに美しいの? 私にも少し分けて欲しいわ」と言ってくるので、散々焦らしてから惚れ薬を分けてあげた。もちろん本当は惚れ薬などでは断じてない。死神くらいは惚れてくれるかもしれないけどね。
無事花嫁を送り届け、運び屋の仕事は終わり。いっちょあがり。あとは勿体ぶって「必ず初夜の晩に使うんですよ?」とウィンクを決めて渡した惚れ薬という触れ込みの毒で、敢え無く花嫁は天国か地獄へご招待。こうして暗殺者の仕事と婚姻をご破算にするという仕事の二つも、勝手に終わるという具合。
まあ万一花嫁が惚れ薬に頼らなかったとしても、相手の領主にいかに花嫁の国で悪辣な陰謀が進んでいるかを散々吹き込んでから報復の仕事を無事受領したわけで、早晩婚姻はご破算になる予定。暗殺は……まあ運よく生きていたら、改めて乗り込んで終わらせればいい。守衛は既に悩殺されてメロメロなので簡単なお仕事のはず。
◇◆◇
二日後、花嫁が毒を煽って死んだという噂が流れたことを確認したことで、無事全部の仕事が終わり。ザ・辺境にはさっさと別れを告げて、美味しい物でも食べに行きましょ。
◆◇ 盛夏の月、二十一日の日記 ◇◆
よく知らない人から何か見分けもつかない物を受け取らないこと。気づいた時にはさようなら。私くらい飛び抜けた容姿ともなれば、断っても断っても贈り物が絶えることがない。その中に私くらい頭の冴えた連中が万一いないとも限らないから、用心用心。
辺境オブ辺境、ザ・辺境には前評判通り何も無かった。三つの仕事に小遣い稼ぎも足して、報酬だけはよかった。それはほとんど私のおかげ。頑張った、私。
すべて世は私を中心に回っていることを確認して、おわり。
それからたっぷり師匠が勝ち誇った顔でご高説を垂れ、いかに私が性悪な存在なのかを述べ立てていった。エルフの里だって勝ち馬に乗ろうとしていた癖に偉そうに。時折見下す冷めた視線は、それはそれは反吐が出そうだった。 弟王はといえば、これまた苦虫を噛み潰したような顔で私を見ていた。その表情を見ればわかる。こいつは実母の噂話が広まった出元が私だと知っている。ということはこいつは柄にもなくその秘密を私にだけ話したというわけだ。もっと口が軽ければこんなことにはなっていなかったかもしれない。「さて……何か申し開きはあるかしら? 使いっぱしりの害虫さん?」 そう、なにもかも知った上で形だけ整えた弁明の場に意味はない。最初から結論など決まっているのだ。いまさらこのムカつく師匠の前で何か言ったところで変わることなどない。 無言で睨む私を蔑む視線がいくつも突き刺さる。もはや美貌でどうこう、話術でどうこうできる状況じゃない。この宮中全体が敵だ。「どうせ答えは決まっているんでしょ」 吐き捨てるようにつぶやく私に「手続きだから」と酷薄な笑みを浮かべて応えた師匠は、おそらく過去最高の悪人面には違いなかった。「最後にもう一度だけ弁明の機会をあげるわ」 師匠の言葉を合図に新たな登場人物。「そなたは、今後一切の罪をおかさなと誓うか? 表の法を犯さないのはもちろん、裏の仕事もやらないと誓えるか?」 こいつ、失明者だ……。美貌が通じない数少ない人間。相性が悪すぎる。「誓ったら何か変わるの?」 大して期待もしないで尋ねた言葉に、そいつは一言こう告げた。「誓えるなら、罪は不問に付す」 いやいや、あり得るだろうか。 それとも考えなければならないのは、あり得たとしてこれにどう答えるべきだろうか。実際そう形だけ誓うのは簡単だ。問題は誓った後だ。そうせねばならないとしたら、私は真面目に働かなければならない。「私は……」 言い淀む。誓えなければ死。それはわかりきって
大陸中央の戦争は不幸な事故が相次いだことで、比較的あっさり終わってしまった。私ったら、つい仕事励み過ぎちゃったかしら? まあ戦場で司令官を務める人間が次々不幸にあったらまともに指揮を取れる人間もいなくなるわけで、こればかりはちょっと欲をかいちゃったかもしれない。 世の中が平和になると仕事がぐっと減っちゃうのよねー。 そういうわけで、運び屋の仕事も安い仕事が増え、戦争で疲弊した大国は内紛する余力もなくなってしまい殺し屋の仕事が減った。 あちらこちらでスパイとして|魅力をふりまいて《暗躍して》きた私としては各国が内政に専念するとなればもちろんスパイの仕事も減って困る。もう辺境オブ辺境の仕事はごめんだ。なにしろ飯が不味いし観光もろくにできない。 この短い季節の間にずいぶんと稼がせてもらったので財布はほくほくなのだけど、湖のほとりに家でも買おうかしら? そんなことを考えながら今日は東方料理で有名なちょっとお値段の張るレストランで香辛料を贅沢に使った刺激溢れる料理に唸っていたときのことだ。「おいそこの赤髪のエルフ。同行してもらおう」 レストランの入り口にはこれでもかと数を恃んだ街の衛兵。街中かき集めてもそんな人数がいるのか疑わしいくらい。 黒糖に群がる蟻だってこんなに集まらないだろうそれを見て、さてどうしたものかと思案する。 運び屋も殺し屋もスパイも全部美貌を武器にやってきたのだから、お芝居にでも出てきそうなこういう場面を切り抜ける武技があるわけではない私。そして魔法はそこまでできない私。 いつものようにきれいな長い赤髪を靡かせてナイスバディで上目遣いに篭絡しようと立ち上がろうと腰を浮かせた時に大音声で響く一言。「その手は食わんぞエルフ。十分言い聞かせられているからな」 どうやら衛兵を差し向けた人間は私のことをよく知っている者のよう。困った。最大の武器が通用しないとしたら、これは大変マズい……。「私の……その手とは……?」「喋るな。それも禁止だ」
セイレーンの涙。そいつを届けた先の貴族様は、それはそれは大層喜んだ。余命いくばくもない老体の貴族は、今生の最後の願いとして、一族の繁栄を願ってそれを飲み干した。 私の美貌に年甲斐もなく見惚れてしまい、あれこれ家宝を持ってきては好きなものを持って行けと目の前に並べていった。もちろん披露された数々の品の中から、いくつか頂戴したことは言うまでもない。これでまた私の財布が膨らんだというわけだ。素晴らしい! そしてチョロい。結構な値打ち物まで遠慮なし。 そんな老貴族の願いが聞き届けられたのかどうなのか。セイレーンの涙にはもう一つ効果がある。それは手に入れる幸せの対価が、見合わないくらいの不幸というやつだ。そして程なく私はそれが実際に効果があったんじゃないかと思うのよね。 何故って? おそらく老貴族の願いは、今の王国の中での一族の栄達だったと思う。でも皮肉なことにその王国そのものが別の貴族の反乱であっという間に滅んでしまい、すでに別の王家が君臨している。なんと不幸なことでしょう。残り僅かな人生で最後の願いを、秘薬を使ってまで叶えたと思って安堵したところ、死ぬ前に国の方が滅んじゃうなんて。 そして、一つ目の効果も、おそらくあったのだろう。王様が入れ替わって国名が変わっても、その老貴族の一族は引き続き新しい王国で取り立てられたのだとか。栄達できて良かったわね。そんなこともあって、老貴族は複雑な胸中を示すかのように苦笑いしながら息を引き取ったのだとか。これは幸福だったのか不幸だったのか。二つの効果はどちらもたぶんあった。これでまた一つ賢くなったわね、私。そして分不相応な願いごとなんて、するもんじゃないわよ、人間。 ◇◆◇ あの王国での反乱を、私はもちろん事前に知っていた。お葬式に花束を届けた際に、ちょっと耳を澄まして聞いてしまった小声での密談。反乱の首謀者は、おそらくあの仕事の依頼主に違いない。どさくさに紛れて当主を亡き者にしてその領地を乗っ取った挙句、その話が落ち着く間もなく反乱を起こして今度は王様に。手際だけは立派なものだと、私ですら感心する。 強引なやり方はだいたい反発を生むもので、暗殺者ギルドに顔を出してみれば、さっそく出ている暗殺依頼。もちろん新た
人間でも魔法を巧みに使う者がいる。エルフはだいたい皆使えるのだけど、人間の中で使える者は多くはない。しかし使えるとなるとだいたいが巧者。私がエルフの中では異例なことに魔法が得意でないこととは真逆。使えるとなるととことん使う。自然と扱える者が多いエルフと違ってわざわざ専門の学校さえ作ってしまうのだから、人間も業が深い。チョロいくせに生意気だ。まあ生意気なのはいい。私には関係ない、はずだった。 過去形なのは、いま絶賛関係があるからだ。突き抜けた才を持つ者はだいたい傲慢になるし、その結果多くの者から恨みを買う。中には謙虚な者もいるにはいるが、自分を抑制できるほど性根が正しい存在など、人間にもエルフにもなかなかいない。 いま向かっているのは人間の魔術師たちの中でも最高の技を持つという噂の男。いわゆる魔導士と呼ばれる格が高い魔術師の一人。なんでも北の王国で王宮魔導士という肩書で王様はなんでもその男に相談するのだとか。そういうことになると、当然に貴族の反発は大きく、暗殺依頼と相成りましたとさ。 ところで、それだけで済めば暗殺の依頼なのだけど、その魔導士からお届け物の依頼も出ているのだ。つまり運び屋としての仕事の依頼主と、暗殺対象が同一人物。私としては、運び屋の仕事を受けつつ、報酬を先払いでがっぽりもらってからお亡くなりになって頂くのが最善。間違っても報酬をもらう前にお亡くなりになってもらっては困る。 そして魔導士というのはとことん猜疑心の塊なのだ。人間の中でも希少種、その中でも格上の力の持ち主ともなれば、嫉妬もされるし周りを見下したくもなる。エルフの腕利きと比べればまだまだ劣るとはいえ、人間の中では別格。まあ私の師匠だって周囲のエルフを見下して悦に浸っていたくらいだから、人間ならなおさらね。 猜疑心が強いと私の美貌でイチコロとはいかないかもしれない。チョロい人間の中で、珍しくチョロくない。私としては美貌でコロっと逝ってくれると楽なんだけどね。まあどの程度の人物なのか、合ってみればわかるでしょう。 依頼の主であり標的でもある魔導士が住んでいるという二本の尖塔が特徴的な館までもうすぐ。なんでも王宮魔導士として特別に与えられた土地に、これまた国庫のお金でその屋敷を建てたのだとか。そ
戦争があれば当然に死者が出る。それが多いか少ないかは別として、無縁ではない。そう、戦場で私がちょっと囁いた結果もその例外ではなかった。戦争だから仕方ないよね? そしてそれなりにお偉い方がその列に加われば、やってくるのは、盛大なお葬式。人間もエルフも儀式というものをとても重視する。私のようにそんなものはお飾りだと言って憚らない存在は珍しいのだ。神なんて信じていないからね、私は。この美貌だけは、とても信じているけどね。 そんなわけで、今回の運び屋のお仕事はそんな貴族様のお葬式に花束のお届け物。もちろんただの花束なわけは、ない。それだけだと大したお金にならないから。そう、私がこの仕事を引き受けたのは、その葬式に暗殺依頼の対象が参列するからだ。人間なんてのはいつも足の引っ張り合いをする生き物。戦争が痛み分けに終わったとしても、今度は政争の相手を引き摺り下ろす好機とばかりに貴族同士のいがみ合いが始まる。それもまた世の常。私にとってはお仕事が増えて助かるけどね。 お偉い貴族のお葬式ともなれば人は大勢集まるし、その中に運び屋が紛れるのは簡単なこと。顔見知りの貴族といっても皆が皆自分で参列するわけでもない。代理を差し向ける人間もいれば、花束だけを贈る人間もいる。もちろん内心で喜んでいる人間だって。 今回のお葬式は、とある貴族の跡継ぎが戦死したことで執り行われるもの。それなりに有力な貴族の跡取りともなれば、その国の中で競争相手はいくらでもいる。そして跡取りが失われれば、養子を送り込みたい者もいれば、いっそ当主ごと死んでくれれば良かったのにと考える者もいる。暗殺依頼はそうやって醜い争いの中で出てくるのだ。それをしっかり見つけた私、えらい。えらいぞ私。 ◇◆◇ かくして私は花屋で花を見繕って、それを今届けに行く真っ最中。薔薇の花はお葬式には似合わないけど、ある程度近しい人間であれば贈ることもあるらしい。薄いピンクの花びらがとても綺麗。遺体と一緒に埋めてしまうには、ちょっともったいないわね。「綺麗な薔薇には棘があるって言葉、人間もエルフも関係ないみたいね~」 そよ風に自慢の赤髪をたなびかせて花束を抱えて思わず舞ってしまう。仕事道具じゃなきゃ思わず持
いろいろあってエルフの里の境界に大軍が集まってボヤが起きたり、その隙を衝けとばかりに大国同士の戦争が始まったこの大陸中央で、運び屋の仕事は増える一方なのだった。 私は何もしていませんよ? あの店の人たちに南の遠いところへ避難してもらっただけですよ? 戦争となれば運び屋の仕事も殺し屋の仕事もついでにスパイの仕事もあれもこれも右肩上がりになる。 裏切りを誘う密書が飛び交い、敵に優秀な指揮官を見つければ暗殺したくなり、敵情を探ろうとスパイが暗躍する。戦争って儲かるのよねー。 本当はほどほどに小競り合い程度で済むと仕事が楽なんだけど、荒れたら荒れたで報酬が上がるのだから平和な世の中よりも稼ぎ時。 そんなこんなで私はいまとある戦場にいるのだった。 エルフの里を襲いに行った国を襲いに行く国。人間ってなんて単純なんでしょ。師匠の顔が歪むのを拝めないのが残念だけど、私はそんなものよりお金が大事なのだ。 今回のお仕事は騎兵が有名な部族の傭兵たちに裏切りのお誘いを運ぶこと。お金で転ぶ者はお金で転ぶのが世の常。 優良種の馬の産地、乗り手も優秀となれば大国といえどもそう簡単に併呑できずに今日まで独立を保っているそれは、今回も「一番高く払うところに行くぞ」とある国の味方としてこの戦場にいる。 とはいえ傭兵として名を馳せるからには表立って「相手から金を積まれたから今日から敵になりますね」とは言えないわけで、それなりのお膳立てが必要。 そう、例えば「味方がものすごく負けちゃってるので勝ち馬に乗ります」というやつである。 そ・こ・で、私の出番。 貴族たちの寄り合い所帯の兵士たちなんて、負けそうになればすぐに逃げだすし、名誉の戦死なんていう美学に殉じる物好きがいればそれはそれで勝手にすれば良い。そんなことをしてもお金にならないのにねぇ? そんな寄せ集めの軍が負けるのはだいたい決まって勢いで押されるか指揮官が「不幸にも」お亡くなりになって統制が取れなくなったとき。 傭兵たちとしてはぜひとも自軍の大将が不慮の事故にでもあって、それとなく敗勢が漂ってきたところに攻め込んできても